「野山に緑、夜空に月、瞼の裏に君」 留伊本 全年齢向
2010/12/29 冬コミ新刊
B5/オフ/P24
<表紙>
漫画サンプル
小説サンプル
「まぶたのむこうに」
忍びの本職は諜報で戦闘ではない。
繰り返し、繰り返し、忍術学園でそのことはたたききこまれたが、
生来の気質が闘いを呼ぶのか、プロの忍びとなった食満留三郎が偵察に行って、無傷で戻ってきたことは未だ一度もなかった。
更に、応急手当ができるから始末に負えない。
後方支援の一人の善法寺伊作は意趣返しの意も込めて、留三郎の傷口を覆った包帯の上からばしっと叩いた。
「はい、終了」
学園を卒業して声が幾分低くなり、感情を排した言葉は殊更冷たく響くが、言われた当の本人の留三郎は慣れたもので、全く意に介さず「おう」と返事をして次の患者に場所を譲る。
プロ忍として走り回る量が増えて、留三郎の体も一回り大きくなった。根本的に骨が細いので、ゆっくりと歩くその姿は鋭くしなる刀のような感じを受けた。
留三郎はそのまま、薬の匂いの漂う薄暗い部屋から与えられた部屋に戻る。駆け出しの彼が個室を与えられるわけもなく、大部屋の隅に隙間をみつけてごろりと横になる。寝られるうちに寝ておくのも忍びの仕事だった。
「伊作さん、休憩です」
けが人が一段落ついたところで、使い広げた医療道具を片づけていた伊作は、城の者に声をかけられて手を止めた。
「続きはやっておきますので、昼飯をどうぞ」
「ありがとう」
伊作はにっこりと笑って腰を上げるが、一度外へ出ると人あたりのよい笑顔を消してある場所へ向かった。
伊作と留三郎の二人が忍術学園を卒業した辺りからこの地方の情勢はきな臭くなり始めていた。
戦に先んじる筈の諜報活動が既に戦いのきざはしとなっていて、なりたてと言えども忍術学園の卒業生は一人残らずあちこちの城付となっていた。伊作は卒業時、今のこの城ではなく別の城にいたが、それから半年後、ここの勢力に合流することになった。
卒業時に二人、生きて次に会えるかどうかと切羽詰まりながら小指を絡めた。忙しなく過ぎていく日々の間にも戦況は悪化していくばかりで、今もどこかの戦場の影を走っているであろう留三郎のことを考えてやきもきしていた。いたというのに、伊作の前に現れた留三郎は、頭から血にまみれていたから、再会の言葉を告げるために開けた口は、言葉をみつけることができなかった。
再会の嬉しさに、伊作は声がでないと勘違いした留三郎はあっけらかんと『オレの血じゃないぞ』と、額からどくどくと流血しながら言い放った。ほぼ反射的に留三郎を殴るように横にして、傷口をきちんと確かめることなく、水で流し消毒薬をすりこんでいった。
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